2006年08月17日

ヴェデルニコフの故郷より

5月11日、ヴェデルニコフの掲示板にヴェデルニコフのご親戚に当たられる方から書き込みを頂きました。
その後数回のメールのやり取りの中で、いくつかのヴェデルニコフに関する貴重なお写真ととても興味深いお話を伺う事が出来ました。
先方様の心温まるお心遣いの元、ここにその内容と数点のお写真を掲載させて頂く事を許可頂きヴェデルニコフファンの皆様とその感動を共有できたら嬉しく思います。


5月13日のメールより・・

冒頭略
ヴェデルニコフのサイトは、みゅうさんが本当に音楽が好きで、ヴェデルニコフの演奏だけでなく、彼の音楽に対する考え方、音楽に対する姿勢までを感じてこのサイトを作ってくださっていることを感じました。
その細かいところまで、親戚の者が集まる週末に、ヴェデルニコフの書斎でサイトを見ながら説明させていただきました。

2年前に亡くなったヴェデルニコフ夫人のオリガ・ユーリエヴナは、ヴェデルニコフが亡くなってから、生涯をヴェデルニコフの足跡を残すために努力し、毎年ヴェデルニコフを偲ぶ会をモスクワのツベターエヴァ(詩人)記念館で行なってきました。
それが10回に達したとき、オリガ・ユーリエヴナは突然心臓の病で倒れました。

まだオリガ・ユーリエヴナがお元気だった頃、私にヴェデルニコフとの出会いをちょっと照れながら、でも嬉しそうに話してくださったのを今でも思い出します
ヴェデルニコフの生きた時代は、本当に苦しく、厳しい時代でした。
クリャージマには、ヴェデルニコフ一家だけでなく、オリガ・ユーリエヴナの姉妹とその子供達が一緒に暮らしました。
私の夫のアレクセイは、オリガ・ユーリエヴナの姉の息子です。
アレクセイとヴェデルニコフの息子のユーリクはクリャージマで一緒に兄弟のように育ちました。
その頃のことを、アレクセイはよく私に話してくれます。

いまでも親戚が集まると、必ずヴェデルニコフの書斎に集まって、ヴェデルニコフの演奏を聴きます。ヴェデルニコフの書斎は、ヴェデルニコフが使っていた当時
そのままに残してあります。
以下略



そしてこの時に3枚の写真を送ってくださいました。
1枚目2枚目はヴェデルニコフが家族とその親戚と共に住んだ
家、モスクワ郊外にあるクリャージマの家

iell.jpgie2lll.jpg








そして3枚目はヴェデルニコフの書斎だそうです。
syosail.jpg






その後お礼のメールなどでやり取りするうちに更なる詳しいお話を聞かせていただきました。


その後のメールより・・

まずヴェデルニコフとオリガ・ユーリエブナとの出会いは、リヒテルが関係していることです。
オリガ・ユーリエブナは、リヒテルを介してヴェデルニコフと知り合いました。

またリヒテルとヴェデルニコフはネイガウス教授のもとで共に学びました。
性格も演奏自体もまったく違う2人でしたが、お互いの才能を認め合い、辛い時代を常に助け合って友情を深めた2人でした。

モスクワ音楽院でヴァイオリンを学んでいたオリガ・ユーリエブナは、以前からリヒテルと親交がありました。
ある日、リヒテルの紹介でオリガ・ユーリエブナはヴェデルニコフと知り合いました。

オリガ・ユーリエブナのお父様は、ドイツ人でしたが、ロシアで生まれ、、少年の頃アメリカへ渡り、実業家になりました。その後、ロシアがソビエトになったことを知り、生まれ育ったロシアの人々の助けになればとモスクワヘ戻り、工場を建てるなど
仕事を始めた矢先、スターリンの粛清によって銃殺されました。
ヴェデルニコフの両親もスターリンの粛清にあったことはみゅうさんもご存知の通りですが、そのこともあってヴェデルニコフとオリガ・ユーリエブナはすぐにお互いを理解し、結ばれました。

ご存知のように、リヒテルもドイツ系です。

第二次大戦中、ソビエトでドイツ系の、しかも両親が政府によって処刑されている家族が生きていくのは、想像を絶するほど厳しいものでした。

ヴェデルニコフとオリガ・ユーリエブナ。息子のユーリク。
ヴェデルニコフ夫人の姉で、父親と共に捕まり、息子を収容所で生んだマルセラ・ユーリエブナと息子アレクセイ(私の夫)。この5人は戦時中、クリャージマで一緒に暮らしました。

マルセラ・ユーリエブナは英語の教師として働いていました。
オリガ・ユーリエブナは、バイオリンを教えていました。
それぞれが生きるために努力していたにもかかわらず、ヴェデルニコフのもらう配給券だけでしか食料を得るしかないという日々が続きました。
その後、父親と一緒に捕まり、8年間を収容所で過ごしたヴェデルニコフ夫人の末の妹、ベラ・ユーリエヴナと息子のオレッグ(現在スピヴァコフのロシア・ナショナルフィルハーモニー・オーケストラのフルート奏者)と、
オリガ・ユーリエブナのお母様も収容所から戻り、計8人がクリャージマで生活することになります。

私は、その辛い時代のことをクリャージマで今もお元気で・・・ピアノを教えていらっしゃる84歳のベラ・ユーリエブナや夫のアレクセイの母親である91歳になるマルセラ・ユーリエヴナから話をよく聞いています。

どんなに辛い時代も、ヴェデルニコフは演奏し続けました。

最後のドイツでの演奏会は、末期癌のため食事もとれず、水をとるのがやっとだった中で演奏しました



そしてこの時送って頂いた写真がこれです。
ie3l.jpg





詳しいお話についてはご主人様にまでご協力を頂き、何度となく読み返された後の文章でした。


これだけの貴重な資料を頂いたにも関わらず、サイト更新が出来ずにいたことを本当に申し訳なく思っています。
ただあくまでもこちら(ブログ)でのご紹介は一時的なものであり後日(がいつになるかわからないのですが(-_-;))必ずサイトの方で正式に掲載させて頂きたいと思っています。



最後に先方様のお人柄を伺うことが出来る2枚の写真を・・
rira.jpgtanpo.jpg
モスクワにも春がやってきました。
黄色のタンポポと鮮やかな緑の新緑で、茶褐色だった町は少しずつ華やいできました。
お花の好きなみゅうさんに、クリャージマの春の花の写真をお送りします





5月、春のお花を送って頂いてから3ヶ月も更新できずにいたことをお詫びいたします・・と共に、全ての情報の公開に際して快くご承諾頂きました事に心より感謝しこの場を借りてお礼申し上げます。
本当にありがとうございました<(_ _)>









これらの写真の著作権は管理人みゅうにあり、
いかなる理由に関わらず、無断で転載等行う事を禁じます!
posted by みゅう at 02:47| Comment(2) | TrackBack(0) | ヴェデルニコフ関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
みゅうさん、お久しぶりです<(_ _*)>
お元気でしたか!?


そしてお忙しい中の更新、お疲れ様でした(⌒o⌒;A


貴重なお話や画像、それもこれも、親戚の方の寛大なお心と優しさ、そして、みゅうさんの努力の賜物ですね!

久しぶりにヴェデルニコフのCDを聴いてみようと(←聴いてなかったのか、自分!笑)思いました。

まだまだ暑い日が続くようですね!!
残りの夏を楽しみつつも、お体にはお気をつけてくださいませ!!♪d(⌒o⌒)b♪
Posted by シュン at 2006年08月22日 18:38
シュンさん、ご無沙汰ばかりですみません^^;
変わらずお元気そうでなによりです!

実はここでの更新の後、先方様にご連絡しましたら更なるお写真を数点送ってくださいました(*^_^*)
後日(また後日^^;)こちらで掲載したいと思います♪
あ・・明日から二日間不在ですので9月になってからと言うことで^^;

いつもコメント頂きありがとうございます<(_ _)>
Posted by みゅう at 2006年08月28日 01:52
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。